
カウンセリングサービスの成宮千織です。
アダルトチルドレンは自分の好きなものがわからない人が多くいます。好きなこと、やりたいこと、自分が楽しいと感じること…。聞かれても考え込んでしまいます。
そして、そんな自分がおかしいのではないかと自分を責める材料にしてしまうこともあります。でも、そんなことは全くなくて、そうなるにはそうなる理由や原因があったからなのです。あなたが悪かったわけではないのです。なまけていたわけでもありません。
小さい子どもは「お母さん見て」とよく言います。興味のあるもの綺麗なもののを見つけて、お母さんに褒めてもらいたかったり、共感してほしくて見てとお母さんを呼びます。お母さんがちゃんとそれを見てくれると、自分は認められる存在だと自信も自己肯定感も育っていきます。子どもに大切な承認欲求も満たされます。
でも子育てに忍耐力がない母親や、親自身のニーズが満たされていないと子どもの「見て」が疎ましく思うのです。子どもはニーズが満たされないと何度も同じことを言いますし、家事の忙しいときや疲れているときの「見て」は母親にとってイライラする原因のひとつですよね。それは母親になれば経験することですし、親といえど完璧ではありませんから仕方がないことでもあります。
ただ、それが未熟すぎる親の場合は、子どもを無視したり、頭ごなしに叱りつけたり、子どもを委縮させてしまうことも少なくないのです。子どもにとって大人に怒られることは大変怖いことです。口でも力でもかないませんし、親から見捨てられるということは、生きていけないくらいの恐怖を感じることもあるのです。
または親が病気がちだったり、父親が母親に暴力をふるっていて、子どもの自分が親の世話をしなければならない場合も子どもらしく生きられず、役割を与えられてしまいます。親の犠牲、役割としての自分。
子どもは成長するにつれて、親の反応を見て、これは言うと怒られる、自分の素直な表現をすることは危険なことだと認識するのです。次第に親の望むことをすればとりあえず無難に生きのびられると処世術を身につけていくのです。
問題はこのやり方を友達や恋人ができても、大人になってもやり続けてしまうことなんですね。人の顔色を見て、相手の意見に合わせ、自分自身を抑えていくのです。もうあなたは力のない小さな子どもではないです。
自分のありのままの意見、表現がだせないと主体性がなくなります。自分は何が好きで何をしたいか。そんなことはとっくの昔にどこかに捨ててしまったものです。本当は自分の心の奥底にちゃんとあるのですが、自分の心を失ってしまった状態ではないのも同然のように思います。「あなたの好きなものはなんですか?」そう聞かれると考えても考えても「わからない」としか答えられないのです。
なぜ、アダルトチルドレンは生きるのが苦しいのかといえば、自分の羅針盤娘となる核を失ったことだと思うのです。好きなものがわからないなら、人生が楽しいはずはないのです。
でも、アダルトチルドレンは自分のネガティブな感情にはとても敏感です。「これ嫌い」ってたくさんあると思うのです。嫌いなことばかりしていると、好きなことがわからなくなるといいます。
好きなことがわからないなら、まずは嫌いなことをたくさん書きだしてみてください。そしてそのあとに反対の好きなことも書くのです。
孤独が嫌いでも大勢も嫌い→2人くらいがちょうどいい
支配とコントロールが嫌い→自由が好き
キツいものの言い方が嫌い→優しい言葉づかいが好き
自分勝手な人が嫌い→人のことを考えてくれる人が好き
もうひとつは、子どものころに好きだったものを書き出してみてください。夢中になって遊んだおもちゃやテレビ番組、お気に入りの服、好きな色、秘密の場所、好きな景色。なんでもいいのでできるだけたくさん思い出してみてくださいね。何かヒントが見つかるかもしれません。
アダルトチルドレンは自分のなかに羅針盤となる核がないといわれます。でもその核が育っていけば楽になります。自分を取り戻すにはまず、自分の人生を生きようと心に決めることだと思うのです。
応援しています。


