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成宮千織(なるみやちおり)
心理カウンセラー
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ジャッジをやめると生きやすくなる

カウンセリングサービスの成宮千織です。いつもありがとうございます。

ジャッジするとは、すなわち判断、批判、判定のことですが、私たちは毎日何度となく、自分や他人のことを「○○だ!」とジャッジしています。

私自身も、こんなことも知らない自分はダメだ!なまけもの!だらしがない…飽きもせず、自分責めをしていたわけです。頭の中に常に自分を見張っている厳しい裁判官や看守がいるようなものですから、自信がなくなったり無気力になるのは当然のことのように思います。

この自分を責める声は幼少期に親や周りの大人から言われた言葉が多いらしいのです。多くの場合はしつけの一環としての言葉だと思いますが、毎日のように繰り返し言われ続けていると、いつしか自分の言葉のように感じていくのでしょう。

自分以外の誰かのことですと、「あの人は○○するから、良くない人だ」
「あんなことをいうのは、冷たい人だ」など、これらも常に誰かのことを裁いています。また「○○ちゃんは優しい人」、「△△さんは怖い人」と「この人は~な人」と決めつけていることも多そうです。

でも、実際に言葉にして相手に伝えるわけでもないし、心の中で勝手に思っていることだから人を傷つけてもいない…。一体ジャッジの何が悪い?と思われるかもしれません。実はジャッジをして一番苦しいのは、私自身なんです。それはなぜだと思いますか?


人のことを悪く思っていることが罪悪感になることもある?それもそうなのでしょうが、それよりももっと私を苦しめていることがあるのです。

誰かをジャッジをしていることは、自分の中で禁止していることだったり、「あんなふうになりたくない」と、私の中にある恐れや不安ということもあるからなんですね。

「○○さんは太っているから良くない」とジャッジしているとしたら、「私は、太ってはいけない」って思っていることでもあります。それは、心の中に太ることに恐れや不安があるんですよね。

そして、もし自分が太ったら、私が人をジャッジしたように人からも同じようにジャッジされると思うからなのです。

それは恐いです。自分のジャッジがキツいと、私の中の恐れや不安の度合いが強いともいえるのです。美容や健康のために体型を維持する程度なら全く問題はないと思うのですが、過ぎたるは、及ばざるがごとしということなんですね。

そんな時はまず、自分が人に対してどんなジャッジをしているか気づくだけでもいいと思います。

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もうひとつ、人を自分よりも能力、容姿など上に見る時があると思うのです。たとえば、「○○さんは頭が良くて凄いな」とか「△△さんはきれいだからモテるよね」などです。

羨望の眼差しで人を見たり、尊敬したり、よくあることだと思います。これらはプラスのジャッジで特に問題はなさそうですが、これも強過ぎる時は、「○○さんは凄いけど、私はたいしたことないの」とあえて自分を下げてしまっていることがあるのです。

相手を上げて自分を相対的に下げるのですね。これはあらかじめ自分を低く見積もっておけば、比較したり、されてもこれ以上傷つかなくてすむからなのです。自己防衛の一種なのです。

自分の恐れや不安に気づいてあげて、相手へのジャッジを緩めていくと自分へのジャッジも減っていくことになります。とはいえ、無自覚にしていることもあり、すべてのジャッジをやめることは難しいと思うのです。自分を苦しめている禁止を少しずつ緩めていくのがいいかなと思います。

あなたもOK、私もOKになったらそれは生きやすい自由な世界になると思いませんか?

応援しています。